はるまきの日々是生活

ばついちアラフィフおばちゃん。ばりばり正社員。生活をダウンシフトして、身軽に気楽に生きていきたく思考錯誤中。安く美味しくご飯が作れるとご機嫌。ほぼ食事記録。たまにつぶやき。

息子の書く字が変わってきていて嬉しい話

社会人になる息子がひとりいます。

自己肯定感が低すぎた自分が、共依存的に一緒になった人と家庭を持ち、産まれてきた息子。

まともな、温かい家庭を知らずに育った人間が子育てするとどうなるかというとですね。

育児放棄に走る人もいるでしょう。

幼児虐待に走る人もいるでしょう。

あ、上記のふたつは、自分の親ですね。

自分の場合は、不安からの過干渉、でした。こんな自分がちゃんと育てられるんだろうか。すごい心配。ちゃんとやれる嫁だと思われるように頑張んないと。旦那さんにも向こうの実家にも、駄目な嫁だと思われちゃいかん!だったら、育児書通りにやんなきゃ、みたいな。

息子の将来を思って、は2割。あとは、周りにいい母親だと思われなければいけない、という、自己防衛やら見栄やらからくる、強迫観念に似た過干渉、でした。

自分の親がほんとひどくて、あんな親にはなるまい、と心に誓う自分でしたが、

タイプは違えど、ひどい親だったと思います。あれ駄目、これ駄目、と子供のやる気の芽をことごとく摘むタイプ。

でもね。何せ、分からないんですよ。

どう子供に接していいのか。

育児書しか頼りにならんのにさ、育児書通りにならないんですもん。

そして、誰かに頼る、なんて、自己肯定感が低い人にはめちゃめちゃハードルが高い事なんですよ。

近所の子供好きなおばちゃん、旦那の実家、友達、今思えば、頼ろうと思えば頼れる相手はあったはず。自分の思うように反応してくれなかったとしてもね。

でも、無理だったのだな。あの頃は。

きっと元旦那も自己肯定感の低い人だったのだろうが、子供を自分の思うようにしようと、高圧的な態度に出るタイプで、息子だけでなく、妻である自分も、些細な事でしょっちゅう怒鳴られていましたね。こんな母親と、こんな父親に育てられた息子、中学には不登校やりました。あの頃も大変だったな。

息子の不登校問題から、夫婦関係は拗れに拗れ、息子の中学卒業と同時に離婚、以降、少し、気楽に暮らせるようになりました。こうあるべき、みたいな縛りがなくなって、解放されたというか。働くのに忙しくて、息子を構う時間が減ったのも息子にとっては良かったのかも知れません。

社会人になってからも、色々問題は起きましたが。

社会人になって数年、仕事にも慣れ、今の息子はなんだかのびのびしています。

 

自分、人が書く字を見るのが好きなんですが。なんか、その人の性格が出るように思うんですね。

神経質な人は神経質っぽい字を書くし、

おおらかな人はおおらかな字を書くな、と思うんです。

で、息子。

自信を無くし、萎縮していた学生時代に書いていた字は、小さくて細かくて、たくさんスペースあるのに隅っこに寄ったような、遠慮がちで、びくびくして書いてるな、て思う字を書いてたんだよね。

あー、やっぱりな、て、字にも表れてるな、ていつも少し悲しくて、自分のせいだな、ごめんね、て思ってた。

それがです。

昨日、一時停止無視で違反キップを切られた息子の代わりに郵便局に支払いに行き、書類に書かれた息子の文字を見たら、スペースいっぱいにのびのび自分の名前と住所が書かれておったのです。

なんならはみ出しそうなくらい。

おお~!

元気いっぱいじゃん~!

母は嬉しくなりました。

自分もまだまだ回復中なように、息子もまだまだ成長途中なのでしょうが。

こうあるべき、を手放して、自分は自分、気楽に生きていくかなー、と改めて思った朝でした。